研究内容

私達は化学感覚を主な対象として脳・神経の動作機構を研究しています。その切っ掛けは中村が嗅細胞CNGチャンネルを発見したことに始まります。

1985年にFesenkoらが視細胞のcGMP感受性チャンネルを発見し,それまで論争されていた視細胞の情報変換メカニズムが一挙に解決してしまいました。中村も視細胞の情報変換の解明を目指していましたので,中村にとっては大事件でした。しかしこれからどうするかを考えたとき,嗅覚研究の一大権威であるG.Shephard教授が近くにおられるなど,嗅覚関連の情報が良く入ってくる環境にあったおかげで,嗅細胞における匂い誘発性cAMP増加の発見 (Pace et al. 1985) に注目しました。嗅細胞ではcAMP感受性のチャンネルがあるのではないかという仮説を試してみたのです。相手は繊毛なので,かなり手こずりましたが,実際にcAMP感受性チャンネルのデータがそろったのは実験着手後半年くらいでしたでしょうか,大変面白いことにこのチャンネルはcAMPだけでなく,cGMPとさらにcTMPcCMPなどにも反応し,cAMP感受性チャンネルというより,環状ヌクレオチド感受性のチャンネル(Cyclic Nucleotide Gated Channel:CNG channel)でした。下左図はそのときの実験中の細胞の写真です。(p:パッチクランプ電極,c: 嗅繊毛,cb:細胞体)。この仕事は嗅覚や味覚の研究が盛んになる切っ掛けの一つになったと思われます。 現在嗅細胞の情報変換機構は下右図のようにまとめられています。ただし順応や体調による嗅覚感度変化など不明な点もまだまだ多く,嗅細胞の研究が終わってしまったとは言えないでしょう。

  

 

匂い物質結合蛋白質の生理的役割

 嗅細胞の存在する嗅上皮にはボウマン氏腺という組織が存在し,嗅上皮を覆う粘液(嗅粘液)が分泌されていますが,この粘液には匂い結合蛋白質(OBP)などが含まれています。OBPは他の組織に見られるリポカリンの一種で疎水性物質(この場合は匂い物質)を水に可溶化して運ぶための蛋白質です。室蘭工大の岩佐研との共同研究でイモリ嗅粘液にはリポカリンが2種見出されていますが,これらが実際にどのような生理的役割を持っているか明確にすることが期待されています。本研究室では,嗅細胞が興奮する過程に与える影響を見るため,嗅電図(EOG)の手法で匂いガスに対する応答を記録することや,単離嗅細胞から吸引電極を用いて水中での匂い刺激に対する応答を記録することを行っています。

 

昆虫味細胞の味応答メカニズム

昆虫の味細胞は体表の味覚毛の基部に細胞体が存在し,そこから突出した細い一本のデンドライトが中空の味覚毛の内部に伸び,軸索は反対方向に延びて脳に接続しています。この構成は脊椎動物の嗅細胞に少し似ています。そこで味細胞の応答についても研究対象に含めています。これまでに糖細胞におけるcGMPが関与する情報変換経路や,苦味細胞におけるIP3が関与する情報変換経路について解析をおこなってきました。現在の主な興味は苦味や甘味などの間にみられる抑制のメカニズムです。脳における情報処理の結果として苦味が甘味によって抑制されるのではないかと予測していたのですが・・・・・・・。

味細胞の応答を記録するには,基本的にはチップレコーディング法と呼ばれる,細胞外記録法で味細胞のインパルスを記録しています。

 

嗅覚味覚連合学習を用いた記憶の研究

私達は神戸大学の尾崎研と共同研究をして以来,クロキンバエを実験材料にしていますが,尾崎研では以前に柑橘類の香料であるd-リモネンの香りとスクロース液のエサを一緒に与えるとスクロースを嫌うようになるという現象を見出していました。この現象はシステマチックな操作で多くのハエを用いて行っても再現できます。我々はこの現象がd−リモネン香が無条件刺激,スクロース餌が条件刺激となる少し変わった連合学習であること,またこれが長期記憶によるものであることを確認しました。この学習を行わせた場合に虫達の脳における変化を分子生物学的に検討しています。